中国の4大美女

チャイエススタイルです。よく中国の店名にもなっている中国の4大美女を説明します。

世界三大美女といえば、「クレオパトラ」「楊貴妃」「小野小町」ですね。

ちなみに、小野小町を入れているのは、日本だけです。

世界的には、「クレオパトラ」「楊貴妃」「ヘレネ」らしいです。

ヘレネって誰?と思われる方が、私含め多いと思いますが、ギリシャ神話の女性で樹木崇拝の象徴らしいです。

樹木崇拝って何?と言われると、木は季節ごとに生き返ったり死んだり見えますよね?それを宇宙的諸力を暗示として崇拝することらしいです。

なんか難しい話なので、これぐらいで本題に入ります。

中国4大美女は誰が決めた?

私は、中国の女の子と仕事柄一緒にいることが多くて、この4大美女はおそらく中国人が決めたのではないのでは?と思います。

中国人は特に4という時を嫌い、おつりを受け取る時も、末尾が42円や4円だったら、少なくていいから、00にして!という時があります。それぐらい、4を嫌う人が多いです。

そんな中、中国人が4大って自分でつけるのかなぁと勝手に思ってしまいました。

1 西施

中国では西子とも言われています。施夷光は紀元前5世紀、春秋時代の末期に生まれる。越の王が呉の王夫差を陥れる為の貢ぎものとして贈られた美女の中の一人。

策略どおり美女におぼれた夫差は政治をなおざりにし、やがて呉国は弱体し越に滅ぼされてしまいます。

越王の勾践夫人が西施の美貌を恐れ、殺害の命を出し、西子は生きたまま長江にほり込まれてしまったのです。

女の嫉妬は、数千年たっても変わらないのですね(笑)

2 王昭君

前漢時代、元帝が匈奴の妻(閼氏)にと選んだ後宮の一人です。宮女の似顔絵は賄賂によってより美しく描かれます。

賄賂を十分に渡せなかった王昭君は実物よりも劣った画により嫁として選ばれました。

別れの挨拶に王の御前に現れた美女をみた元帝は似顔絵帳とはまったく違った容貌を見て不正な画工をした毛延寿の首を刎ねました。

嫁いだ王昭君は、呼韓邪単于の間に一男を儲け、夫なき後は当時の匈奴の習慣にならい義理の息子に当る復株累若鞮単于の妻になり二女を儲けました。

3 虞美人

秦末から楚漢戦争期。項羽の愛人で正確な名前は判明していないらしいです。

小説、ドラマ、映画では、虞を姓とし虞姫と紹介されてるものが多く、ご存知の方はおおいのではないでしょうか

項羽とのなれそめは何も残っていず、劉邦率いる漢軍に敗れた項羽の傍には虞美人がいつも控えており項羽は片時も彼女を放すことがなかったと「史記」「漢書」紹介されています。)

小説では足手まといにならぬよう自殺したとなっており、伝説によりヒナゲシに「虞美人草」という異名がつく由来となりました。

ちなみに、四面楚歌という4文字熟語ができたのは、虞美人死後すぐのことですね。

4 楊貴妃

719~756年唐代の皇妃。

姓は楊、名は玉環で、貴妃は皇妃として位を表す称号。玄宗皇帝の寵姫。

玄宗と武恵妃の間の息子李瑁(第18子)の妃となる。李瑁は武恵妃と宰相・李林甫の後押しにより皇太子に推され将来の王を座をねらえるが、恵妃が死去し李璵が皇太子に冊立されてしまった。

といろいろありますが、もっとも有名な4代美女が楊貴妃では?と思います。

京橋にも以前は楊貴妃という店がありましたし、楊貴妃+エステと検索しただけで、軽く数十店舗は出てきます(笑)

いろんな意味で有名な中国人です。

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